イントロダクション

タイ全国民の目を涙で濡らし、大ヒットを記録した愛の傑作がついに日本でも公開される。タイでは、アクションやホラー映画が主流で、この作品に見られるような熱いラブ・ストーリーは数少ない。2004年公開のこの作品は、今も変わらぬ熱い支持を得ている。

本作は、韓流スター、パク・シニャン主演の韓国映画『手紙』(1997)のリメイクである。プロデューサーのドゥアンガモン・リムジャルーンは、この空前のヒット作のリメイク権を以前より手に入れていた。タイでは日本よりも早く韓流ブームが起こったが、目につけたのはブームよりも少し前のことで、彼女には先見の明があった。リムジャルーンは、仕事仲間であり、親友でもあるチャンタラシリ・チャンタラシリ監督にこの映画を監督しないかという提案をした。しかし、彼女はその提案への答えを3年間保留にしたのだった。テレビで一定の地位を築いていたチャンタラシリ監督は、映画の世界に足を踏み入れることに躊躇するところがあった。彼女が、この映画を撮ることを決断したのは、リムジャルーンが病に冒され、余命がいくばくもないと分かってからだった。結局、リムジャルーンは、映画製作の準備をすべて整えたにも関わらず、映画の完成を見ることなくこの世を去った。トンがディウのために残した「僕を忘れないで」という言葉は、リムジャルーンから最後に残していく人々へのメッセージだと、チャンタラシリ監督は受けとめている。ディウ役のエーン・トーンプラソムは、主にテレビドラマで活躍するタイのトップ女優。本作でタイ・アカデミー賞をはじめ国内のあらゆる主演女優賞を独占した。トン役は、歌手としても活動するアタポーン・ティーマゴーンで、優しさを全身で表現するような演技で好演している。

物語のもととなったのは韓国映画であるが、タイの製作陣は本作にタイ特有の表現を多く盛り込んでいる。随所に、タイ人の人生観、恋愛観がごく自然な形で出てくるのだ。例えば、トンがディウに、「これからずっと先のことかもしれないけれど、僕たちはまた必ず出会う」というのは、仏教の死生観に基づく生まれ変わりからくる話で、タイ人の日常会話にもよく出てくる。この考え方があるからこそ、ディウは生きる気力を取り戻すことが出来たのだ。この考え方は、やはり仏教文化が影響する日本人の世界観にもつながるといえるだろう。韓国からの物語が、タイで生まれ変わって、日本に到来する。『レター 僕を忘れないで』は、アジアの新しい風を心地よく吹かせてくれる爽やかな感動作である。

ストーリー

バンコクでプログラマーとして働くディウは、遠い親戚にあたる祖母の妹の葬儀で訪れた北部チェンマイの農業研究所に勤めている青年トンと出会う。都会のキャリアウーマンのディウと、田舎の純朴な青年トン。全く違う環境にいるふたりはお互いに無い魅力を感じて惹かれあい、バンコク⇔チェンマイ、約700キロの遠距離も気にせず、電話とEメールで連絡を取り合っていた。

ある日ディウの親友であるケートが、ネットで知り合った男とのトラブルに巻き込まれ、亡くなってしまう。ディウは気持ちに余裕のない暮らしをしていて、親友を助けられなかった自分を責める。心のバランスを崩してしまい、天涯孤独になったディウは都会での生活を捨てトンが居るチェンマイに移住する。ディウはトンの献身的な愛に心の傷を癒され、まもなくふたりは自然な成り行きで結婚する。

新婚の家を改装中に、トンは机の引き出しから色褪せた古い手紙を見つけた。それは、数十年前にディウの祖父母が若かった頃、祖父が祖母へ宛てた恋文だった。祖父と祖母も、結婚前のトンとディウのように遠距離恋愛をしていたのだ。トンはこの手紙を読んで、ディウに手紙を書いて欲しいと頼む。手紙には心がこもっているし、読み手と書き手がたとえこの世からいなくなっても残るから。でもディウは今一緒にいるから手紙を書く必要はないと、笑い飛ばした。いつも愛が身近にある穏やかな生活。ふたりの幸せな日常は永遠に続くかに見えた。

しかし、トンは自分が難病に冒されていることが分かる。再び孤独となるディウのことを案じながらも、トンは急逝する。悲しみにくれるディウは自殺を図り、一命をとりとめるが、トンの居ないチェンマイでの生活に耐えられなくなり、チェンマイを離れることを決意する。1ヵ月後、バンコクに戻ろうとしたまさにその日、ディウの元になぜかトンからの手紙が届く。バンコクへ行くのを止めたディウはトンからの次の手紙を心待ちにし、止めた時計の針をもう一度動かして生きる力を次第に取り戻していく…

株式会社インタラクティブメディアミックス タイ映画『レター 僕を忘れないで』〜韓国映画『手紙』(携帯サイト)